地下1階から地上4階までの開放的な吹き抜けが印象的な池袋キャンパスのA館。東京音楽大学の創立100周年を記念して建造された巨大な学び舎に、管打楽器専攻生による爽やかなサウンドが鳴り響きました。

2022年2月27日(日)東京音楽大学 池袋キャンパス A館ロビーにて開催した『吹奏楽演奏会』をレポートします。

従来の吹奏楽演奏会を延期に

東京音楽大学付属高等学校の吹奏楽演奏会は、本校の管打楽器専攻生のために用意された授業「吹奏楽S」が、毎年11月に池袋キャンパス A館ホールにて開催している演奏会です。クラシカルな楽曲の吹奏楽編曲版と、西洋の昔懐かしいポピュラー音楽が中心となってプログラムが構成されており、高いエンターテイメント性が魅力です。

しかし今年度は、新型コロナウィルス感染症デルタ株の劇的な広がりを受けて2021年7月12日から9月30日まで緊急事態宣言が発令されたことにより、秋学期の吹奏楽S授業を従来の形式で開講することができず、充分な練習が行えなかったため、吹奏楽演奏会を延期することにしました。

延期において最大の問題となったのが、演奏会場です。本学では多くの演奏会場を保有していますが、延期で開催が可能な時期は、音楽大学特有の実技試験が各会場で実施されている頃。また新学生寮のための工事等に伴い、普段の授業を行っているJスタジオも使用できない状況でした。箱を用意できずに吹奏楽Sの担当教員が途方にくれていると、ある教職員からこのようなアイディアが。

「A館のロビーでやりませんか?」

吹奏楽Sの担当教員には、安堵と困惑が一度に押し寄せ、それらは結果的に引きつったように表情に浮かび上がりました。

(元来、A館は全てのフロアで、全てのフロアの音楽が鳴り響くようにデザインされた建物でした。冒頭でご紹介した建物の地下から天井までを突き抜けるように存在する吹き抜けは、そのための仕掛けでもあります。しかし、普段から講義やレッスン、練習、食事と目的をもった人の多くの行き来がある建物ですので、中々ロビーでのコンサートは叶いませんでした。新型コロナウィルス感染症で人手が減っているご時世だからこそ、この新たな試みに挑戦できる環境が整ったと言えるでしょう。)

5秒ほど経過して、吹奏楽Sの担当教員は決意を唾と一緒に「ゴクン」と飲み込み、問いに対して答えました。
「やりましょう・・・っ!!」

こうして前代未聞のA館ロビーで行われる吹奏楽演奏会の企画が動き出しました。

光が降り注ぐA館。ガレリアと呼ばれる。
光が降り注ぐA館。ガレリアと呼ばれる。

チャリティーコンサートの大舞台、大曲を乗り越えた先には―。

吹奏楽演奏会を延期して、吹奏楽Sが練習に取り組んでいたもの。
それは2021年11月30日(火)に開催したチャリティーコンサートで演奏する、スペインの作曲家F.フェランの交響曲第2番「キリストの受難」でした。

(チャリティーコンサートについての記事はこちらをご覧ください。)

普段吹奏楽Sで取り扱っている楽曲に比べて長大な大曲への挑戦は、生徒たちを大きく成長させました。壁を一つ乗り越え、吹奏楽演奏会に辿り着いた!と思っていたところ、世の中を次の恐怖が襲います。

新型コロナウィルス感染症オミクロン株。

これまでの種に比べて爆発的な感染力を誇る新種の登場は、緊急事態宣言の発令はなかったものの本校の学校生活にも大きな影響を及ばしました。特に感染のリスクが心配される管楽器を多く有する吹奏楽では、練習計画を立てようにも感染状況の落ち着きが見えないことと、前述の通り会場を抑えることは困難を極めており、合奏すらままならない日々。

何とか隙間を縫うように一日だけ練習会場と時間を抑えることができましたが、たった一度の練習で本番を迎えることとなり、教職員も生徒も不安と共に本番までの日々を過ごすのでした・・・。

晴れ渡る空で迎えた演奏会当日

満を持して迎えた2022年2月27日。心配されていた新型コロナウィルス感染症の感染者も頭打ちとなり、徐々に減少傾向に転じていました。東京・池袋はお天道様が演奏会を祝しているかのような快晴です。

ロビーコンサートでは、広場も階段も廊下も全てが観客席となりますので、A館の至るところにソーシャルディスタンスを意識しながらイスを配置します。普段演奏者は舞台から見て前面を意識しながら演奏に取り組みますが、今回は360°好きな場所から見られ、聴かれるので、普段以上の心掛けが必要になります。お辞儀一つとっても、色々な角度を意識しなくてはなりません。

セッティングを終えA館を眺めた様は、まさに「360°大パノラマ」です。
遂に吹奏楽演奏会が幕を開けます。

A館3階から見たロビーの様子
A館3階から見たロビーの様子

フランスから来たりし、爽やかで香り高い音楽の造り手アンドレ・アンリ氏

と、その前に我らが指揮者をご紹介しましょう。アンドレ・アンリ先生(以下アンドレ先生)は、本学トランペット科の教授であり、多くの門下生を抱えています。名だたるコンクール等で名を馳せたアンドレ先生は、後進の指導に熱意をもって取り組んでいて、2013年より本校の吹奏楽Sを担当しています。ヨーロッパというクラシック音楽の本流で、音楽と出会い、音楽と共に育ち、音楽の研鑽を積んだアンドレ先生の教えを受けられる吹奏楽Sは、主として日本人が多くの割合を占める本校の生徒たちにとって、非常に貴重な機会です。

温厚で陽気、冗談が好きで親しみやすいアンドレ先生ですが、音楽のことについてはとてもストイックです。
自分にも他人にも大変厳しく、より良い音楽づくりに真剣に向き合います。

アンドレ先生の生み出す音は、空に向かって立ち昇る爽やかで香り高いものです。一音一音、何となく演奏することは断じて許しません。全ての音に意志を、意味を、命を、自発的に吹き込むことを、吹奏楽Sの授業で生徒たちは学びます。

常に冷静に状況を分析し、生徒と共に最高の音楽を創り出そうとするアンドレ氏。
常に冷静に状況を分析し、生徒と共に最高の音楽を創り出そうとするアンドレ氏。

吹奏楽演奏会を彩る名曲の数々

今回の吹奏楽演奏会のプログラムは以下の通りです。

G.Bizet / L’Arlésienne 1ére Suite
G.Allier / Pierre et Pierrette
G.Fauré / Pavane
Carpenters / I Need to Be in Love
L.Dalla / Caruso
C.Bolling / Borsalino
G.Noris / Party Jive
G.Noris / Salsa Sensation (アンコール)

前述した、クラシカルな楽曲の吹奏楽編曲版と、西洋の昔懐かしいポピュラー音楽が中心となって構成される吹奏楽演奏会にとっての王道プログラムでありながら、ソロが活躍する楽曲の多さが今回の特筆すべき点でしょう。

アンドレ先生は様々な生徒にスポットライトを当てることに注力しており、大編成をバックにソロを演奏する経験を生徒たちに与えることに積極的です。
今回選ばれたのは、トランペット、フルート、サクソフォーンの生徒です。

師弟、心を重ねて。
師弟、心を重ねて。

L’Arlésienne 1ére Suiteで観客をフランス音楽の世界に誘った後に奏されたのが、Pierre et Pierrette。トランペット2本とバンドによるポルカで、軽快で華やか、心地良いリズムが身体に刻まれていきます。第1トランペットはアンドレ先生が。第2トランペットを務めたのは、第2学年トランペット科に在籍している渡邉悠太さん。渡邉さんは中学時代よりアンドレ先生に師事し、音楽性は勿論、人間性に関しても互いに絶大なる信頼を置いています。日々レッスン等で繋がりのある音楽家から、合奏についても教えを受けることができる。これもまた、吹奏楽Sの魅力と言えるでしょう。

ちなみにこの楽曲でアンドレ先生に代わり指揮をしたのが麻生康平先生。本学の卒業生で、現在は本校の吹奏楽S、並びに吹奏楽A(音楽総合コースや副科の生徒のための吹奏楽)の指導教員です。麻生先生もまた、アンドレ先生の門下生で、まさに三世代の絆がフィーチャーされた楽曲となりました。

次は、G.FaureのPavaneです。レクイエムと並ぶFaureの傑作と言われています。ソロを務めるのは、第3学年フルート科に在籍している西山涼華さん。西山さんはこの一年間吹奏楽Sのインスペクター(授業において生徒をまとめ上げ率いていくリーダー的存在)も務めました。Faure特有の甘美で切ない旋律が、フルートを中心に、様々な楽器により歌い継がれていきます。静寂の中で代わる代わる音を紡いでいく作業は、まるで平らなお盆にギリギリまで張ったお水を運ぶような緊張感です。

Faureの楽曲のもつ侘しさと、太陽の温かな陽ざしのコラボレーション。
Faureの楽曲のもつ侘しさと、太陽の温かな陽ざしのコラボレーション。

ソロパートを締めくくるのは、CarpentersのI Need to Be in Love(邦題:青春の輝き)。生徒の保護者の皆様にとっては、まさに「青春」直撃の楽曲。ソロを担うのは第1学年サクソフォーン科に在籍している伊藤心愛さん。ドラムの心地よいビートに乗せて、センチメンタルな旋律が内なる情熱をもって奏されます。偶然にも卒業の季節に開かれることとなったこの演奏会にとって、この楽曲は在校生と卒業生の別れの歌。演奏者にとっても、観客にとっても、心に染みて涙が溢れるような瞬間となりました。

この曲のソロを吹くことが憧れだったと話す伊藤さん。
この曲のソロを吹くことが憧れだったと話す伊藤さん。

演奏会の後半には、アップテンポのポピュラー音楽が置かれました。

吹奏楽演奏会が誇る高いエンターテインメント性の由来。それは、手を叩いたり、声をだしたり、身体を揺らしたり、演奏家と観客、能動と受動が一体となり、全員で音楽を創り上げられること。アンドレ先生の目指すエンターテインメントの極致です。

今回の吹奏楽演奏会では、ドイツの連邦軍ビッグバンドを率いた初代バンドリーダー、G.Norisの二作品がこの役割を担いました。

パーティーナンバーであるParty Jiveで会場のボルテージを最大限に高め、ラテン音楽が陽気に奏されるSalsa Sensationをアンコール曲として、吹奏楽演奏会は大盛況の中で幕を閉じました。

終わりに

今回は新型コロナウィルス感染症の対策のために、一般のお客様にはYouTube Liveでの生配信でお届けしましたが、いずれは誰もが通りすがりに自由に楽しめる吹奏楽演奏会にしたいと考えています。

ロビーというオープンな場所で行われる、社会に向けて開かれた音楽。その可能性を今後も深く追求し、皆様にお届けできたらと考えております。
これからも吹奏楽Sにご注目ください!!